大学病院で膝関節・スポーツ外傷を専門に扱う筆者が、これからTKAを始める整形外科医向けに、人工膝関節置換術(TKA)を行うための準備や手術のコツを解説します。
今回はTKAの基本手技第1回として皮切について解説します。
膝周囲の神経・血管解剖
膝前面の皮膚の血流支配は下図のようになります。
皮切を置く皮膚前面の多くが、内側からの栄養動脈(下枝膝動脈)により供給されています。
皮切を内側に置けば置くほど、外側の皮弁が大きくなってしまい創部トラブルのリスクが上がってしまいます。
またどの関節内進入法を選ぶにしても、皮下組織の剥離は最小限にとどめ、皮膚の血流温存に努めることが大切です。
次は膝前面の神経走行、特に術後の愁訴(刺激症状や知覚低下など)になりやすい伏在神経膝蓋下枝の走行です。
伏在神経膝蓋下枝の走行はバリエーションが多いですが、膝前面・内側に皮切を加える際は損傷のリスクが高く注意が必要です。
皮切の種類と特徴
TKAにおいて、皮膚切開は最初の手順であり、その後の関節進入法とも関わってきます。
それぞれの皮切の長所と短所を理解した上で、前述の解剖学的特徴や関節進入法を考慮して、患者にとって最適な皮切位置を選択する必要があります。
正中縦皮切
正中縦皮切はTKAにおいて最も代表的な皮切で、関節進入法を問わず使用できます。
膝外側の皮弁が小さく、必要なだけ近位・遠位に延長も可能で、肥満症例や難治症例でも対応可能です。
しかし跪き動作においては、最も手術瘢痕部が刺激されるデメリットがあります。
欧米では最も使用頻度が高い皮切ですが、膝をつくことが多い日本人に対しては患者の生活スタイルを考慮する必要があります。
前内側皮切
跪き動作の際、地面と接する膝蓋骨および脛骨粗面の位置に皮切が加わることを避け、正中よりも内側にデザインする皮切です。
直線上の皮切(anteromedial straight incision)と弧状の皮切(medial curved incision)があります。
日本人の生活スタイルには適した皮切ですが、血流の悪い外側皮弁が大きくなるため皮膚の血流障害のリスクが高くなります。
また伏在神経膝蓋下枝を損傷するため、皮切外側部での感覚異常範囲は最大になります。
前外側皮切
膝前面の皮膚血流障害や神経障害が少ないのが最大のメリットで、術後の跪き動作に有利であることが報告されています。
下図のように、直線上の皮切(anterolateral straight incision)と弧状の皮切(lateral curved incision)があります。
前外側皮切を用いる場合、関節進入を内側から行うと皮弁内側の剥離量が増えてしまうため、一般的にはparapatellar approachを選択します(midvastusやsubvasutus approachとは相性がよくありません)。
外反膝に対しlateral parapatellar approachで進入する際に用いられるのが、最も一般的です。
膝関節に過去の手術瘢痕がある場合は、血流障害による皮膚壊死を起こしやすいため注意が必要です。
基本的には新しい皮切は避け、過去の手術瘢痕を利用します。
膝関節前面に皮膚血流は前述のように主に内側から供給されるので、すでに複数の瘢痕が存在する場合は、より外側の創を利用します。
外側の皮切を用い、関節内は内側で進入する場合、特に皮下組織を愛護的に扱い、剥離はsuperficial fascial layerで行うことが重要です。
皮切に関連した合併症
皮切に関連する代表的な合併症には、肥厚性瘢痕と末梢神経障害性皮膚炎(伏在神経障害)があります。
肥厚性瘢痕
一般的に手術創は時間とともに落ち着き成熟瘢痕になりますが、時々赤くミミズ腫れのように盛り上がって目立つ傷になることがあります。
これを肥厚性瘢痕と呼びます。
肥厚性瘢痕の原因は体質・人種・性別・年齢などの他、感染や異物、物理的刺激、張力などの局所的要因も大きなリスク因子になります。
膝前面のように創部に緊張がかかりやすい部位では、比較的発生しやすいと言えます。
創部は肥厚性瘢痕になってしまうと、見た目はもちろんですが、痛みや可動域低下の原因になり患者満足度は低下してしまいます。
肥厚性瘢痕の代表的な治療を解説します。
①圧迫療法
創部をシリコンシートなどで圧迫します。
傷が擦れなくなり機械的刺激を軽減したり、瘢痕の血流を低下させ細胞の増殖を抑える効果があります。
②内服薬
抗アレルギー薬を内服することで、傷の赤みや痒みを軽減させたり、皮膚細胞の増殖を抑える効果があります。
処方例)
リザベン(100) 3T/3X
③ステロイド軟膏・テープ
ステロイドの抗炎症作用により、肥厚性瘢痕の炎症軽減を期待します。
処方例)
ドレニゾンテープ 12〜24時間毎に貼付
エクラープラスター 12〜24時間毎に貼付
④ステロイド注射
ステロイド(ケナコルト)を直接瘢痕の中に注射します。
痛みは伴いますが、外用剤と比較して効果は高いです。
効き過ぎると逆に瘢痕が凹んでしまう事があり注意が必要です。
⑤その他
上記以外の治療法として、レーザーや手術、放射線などによる治療もあります。
内服や外用までは整形外科で介入するのも良いですが、創部トラブルに関しては早めに皮膚科や形成外科に相談するのが一番良いでしょう。
伏在神経障害
TKA後の伏在神経膝蓋下枝障害は70%以上の確率で生じ、自然経過で改善していく症例が多いですが、異常感覚や疼痛が強く残存し患者満足度を低下させてしまう事があります。
また伏在神経膝蓋下肢障害で皮膚炎を生じることもあります。
皮切の外側遠位に好発し、汗腺の機能障害で色素沈着や鱗屑、掻痒感などを来たします。
術前に伏在神経障害の説明を十分に行うことも大切ですが、皮切はなるべく近位内側を避け、丁寧に皮下を展開すること、適切に保湿や投薬を行うことも大切です。
処方例)
ヒルドイドローション 1日数回
リリカ(75) 2T/2X
ノイロトロピン 4T/2X
メチコバール(500) 3T/3X
まとめ
TKAの基本手技第1回として、皮切に関して解説しました。
皮切は手術成功への第一歩であり、その失敗は手術をやりにくくしてしまい、術後の感染リスクを高めてしまいます。
また皮切は術後に唯一患者から見える部分であり整容の面からも大切です。
跪き動作が多い日本人には前内側皮切を用いる事が多いですが、術後の皮膚血流障害や伏在神経膝蓋下枝症状には注意が必要で、術前に患者に対し十分な説明が必要です。
TKAを行う上でいずれの皮切を用いても良いですが、その後の関節進入法と関連付けて計画することが大切で、過去の手術瘢痕がある場合は皮膚血流障害を生じないように十分注意する必要があります。
次回は関節内進入法を扱います。