大学病院で膝関節・スポーツ外傷を専門に扱う筆者が、これからTKAを始める整形外科医向けに、人工膝関節置換術(TKA)を行うための準備や手術のコツを解説します。
TKAの術前準備には
・ 診断
・ 術式選択
・ プランニング
・ インプラント選択
・ 臨床評価
などが含まれます。
TKAの臨床成績は近年著しく向上してきましたが、更なる改善を求めて様々なインプラントが開発されています。
今回はCR、PS、CS、MP、BCS、BCRの違いやコンセプトについて解説します。
正常膝のキネマティクス
TKAのインプラントの種類を解説する前に、まず正常膝の動態を知っておく必要があります。
まず正常解剖ですが、大腿骨は内外側ともに凸、脛骨関節面は内側が凹で外側が凸となっています。
そのため内側の方が拘束性が高いという解剖学的特徴があります。
膝関節は蝶番関節に分類されますが、前述のように内側と外側で関節面形状が異なることや、屈伸動作での移動量が異なるため、屈伸運動だけではなく、回旋運動も起こります。
実際にどのうような回旋運動が起こってるのでしょうか?
下図は各可動域での、大腿骨に対する脛骨の動態です。
ごく簡単に述べると、内側の拘束性・安定性が高いという解剖学的特徴によりmedial pivot motionが生じます。
最終的には主にPCLの作用によりrollback motionが生じることで、深屈曲動作が可能に成ります。
後述しますが、CRではPCLを温存することでrollback motionが、PSではpost-cam構造で強制的にrollback motionが起こります。
CR
ACLとPCLは関節安定性と膝関節運動を制御する重要な構造です。
CRはPCLを温存(posterior cruciate retaining)して行うTKAです。
CRは生体膝の解剖学的構造・バイオメカニクスを、人工関節でできるだけ忠実に再現しようと考える「anatomical approach」により開発されました。
そのため解剖学的指標に基づいてインプラントを設置し、joint lineを保つというコンセプトで、measured resection techniqueで手術が行われます。
CRではPCLを温存するので、PCLの機能が正常であることが前提です。
膝OAの多くは機能的PCLが残存していますが、徒手検査で後方不安定性がないことや、MRIでPCLの走行や描出を確認しておく方が良いでしょう。
高度変形や可動域が悪い症例、高位脛骨骨切り術後では、PCLの緊張を維持するのが難しくなるため避けた方が良いでしょう。
CRのメリットはPCL温存により、生理的な膝関節動態を再現できる可能性があり、温存されたPCLの固有感覚の作用も見込めます。
またPCLにより関節を制動することができるため、インプラント自体の拘束性を高める必要がなく、比較的シンプルな構造で摩耗や破損がしにくいというメリットもあります。
しかしインプラント設置位置がPCLにより制限され、PCL緊張の程度によりインプラントサイズ変更や設置角度の調整が必要となり、PSと比べると手術手技が難しい側面があります。
PS
PSはCRと異なり、ACLだけでなくPCLも切除して行うTKAです。
PSでは実用的な機能の再現を第一に目指す「functional approach」により開発され(源流がCRとは根本的に異なります。)、gap techniqueによる手術が行われます。
PSではPCLの制約がなく、拘束性や関節運動をインプラントデザインで制御でき、ポストカム機構により膝関節屈曲時に確実なロールバックを期待できます。
CRとは異なり、ポストカムがPCL機能を代償するため、ACLとPCLの状態は手術適応には関わりません。
しかしMCLとLCLの機能は備えていないため、側副靱帯不全の症例は適応外になります。
可動域に関して制限はありませんが、反張膝はローテーティングヒンジが必要なため適応外です。
高度変形や外反膝などで、靱帯バランスの調整が困難な場合はあらかじめconstrainedをバックアップしておくと良いでしょう。
PSはPCLを切除することで関節裂隙が開大するため手術がやりやすく、PCL緊張によるインプラントの微調整が不要なため、手術手技はCRと比較して容易です。
一方PCL切除により屈曲ギャップが開大するため、MCLとLCLの緊張を元にしたgap techniqueで行うため、やや非生理的な靱帯バランスとなる可能性があります。
また膝関節中間可動域ではポストカムが機能しない状態となり前後不安定性を生じることや、インプラント形状で関節運動を制動するためポスト折損の可能性、インプラントのボックス部分で軟部組織がひっかかるpatellar clunk syndromeの可能性などがあります。
BCS
BCSはBi-cruciate stabilizedの略語で、現在Smith &Nephew社製のJOURNEY Ⅱが該当します。
特別な手術手技は必要なく、PSと同様の手術手技で行うことができます。
PSは膝屈曲時にポストと後方カムが接触してPCL機能を代償しますが、BCSは膝伸展時でもポストと前方カムが接触するためACL機能も代償できるデザインとなっています。
ACL機能の一つである前方安定性を持たせることで、膝伸展位付近で脛骨の前方移動を制動し、大腿骨を前方に位置させることが可能です。
大腿骨が前方に位置することで、後方関節包の緊張を低下させ屈曲拘縮の改善させるメリットもありますが、(大腿骨フランジは薄いですが)膝伸展機構に負荷がかかる可能性もあります。
CS
CSはcruciate sacrificingの略語で、インサート形状を工夫することでPCL機能を持たせています。
具体的にはインサートをディッシュ状に深くしたり、前方リップを高くすることで、脛骨に対する大腿骨の前後安定性を高めています。
インサートにPCL機能を持たせるため、ACLは切除しますが、PCLは切除or温存の判断が術中に可能です。
PSのようにポストカム機構のための余分な骨切除も必要ないため、手技が簡便で骨も温存できます。
メリットだらけに見えるCSですが、やはりインサートによるPCL機能は限定的と考えられ、CRのバックアップとして用いられたり、骨温存や手術手技の簡便さが魅力と考えられる場合に用いられることが多いようです。
Medial pivot
特徴的なのは内側顆がBall in Socket構造になっていることです。
大腿骨内側顆をball形状に、インサート内側顆をSocket形状にすることで、内側は安定性が高く回旋許容性もあります。
また内側顆は接触面積が広いため、接触圧が低下し、ポリエチレン摩耗の減少も期待できます。
一方外側顆は比較的flatな形状であり、内側顆を支点として外側顆が後方に移動するmedial pivot motionを誘導するデザインとなっています。
純粋なmedial pivot型のTKAは、Microport社製のEvolutionと、Medacta社製のGMK Sphereが該当します。
BCR
BCRはBi-cruciate retainingの略語で、ACLもPCLも温存するインプラントです。
現在日本で使用可能なのは、Zimmer Biomet社製のVanguard XPとSmith &Nephew社製のJOURNEYⅡ XRの2種類です。
両十字靭帯の機能を代償するBCSはFunctional approach、両十字靭帯を温存するBCRはAnatomical approachであり、根本的概念が異なります。
両靱帯を温存するコンセプトは、自身の組織温存や、正常膝関節に近い動態が期待でき、素晴らしいものですが現時点ではあまり普及していません。
手技的に術野の展開不良、ACL・PCLの緊張に適した患者それぞれの関節面形状再現の難しさなどがあり、術後関節痛や可動域制限も起こりやすいことが報告されています。
また手術を行うには、インプラントメーカー推奨のカダバートレーニング(献体を使用した手術練習)を受ける必要があります。
患者満足度を向上するために昨今開発されたBCRですが、患者個々の軟部組織バランスに合わせて骨切り量やアライメントを決定することが必要であり、今後ロボット支援手術が普及するに連れて市場が拡大する可能性はあると考えられます。
まとめ
今回はTKAのインプラントの種類や構造について解説しました。
TKAの臨床成績は比較的良好ですが、術後満足度が高くない患者が一定数いるのは事実です。
これらをインプラントや手術手技で改善させる試みが広く行われています。
新しいインプラントが発売されると飛びつきたくなるような良い話ばかり出てきますが、手技が習熟する前は新しいものに飛びつかず、良好な長期成績が報告され、十分に手術方法が確立されたインプラントを用いた方が安全だと思います。