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【膝・スポーツDrが解説】TKAの基本手技②関節内進入法

大学病院で膝関節・スポーツ外傷を専門に扱う筆者が、これからTKAを始める整形外科医向けに、人工膝関節置換術(TKA)を行うための準備や手術のコツを解説します。

前回はTKAの基本手技第1回として皮切について解説したので、今回は関節内進入法を扱います。

膝前面の解剖

血管支配

膝前面の血行支配に関しては、皮膚の血行と膝蓋骨の血行に分けて考える必要があります。

前回皮膚の血行について扱ったので、今回は膝蓋骨の血行について考えてみます。

膝蓋骨は下図のように、周囲の動脈輪で栄養されています。

上図は最低限の動脈を図示したものですが、この知識があると、関節内進入法に違いにより、どの動脈を損傷してしまうのか、主な出血部はどこか、などを理解することができます。

具体的にmedial parapatellar approachで進入した場合を考えてみましょう。

Medial parapatellar approachは後述しますが、最も術野の展開に優れ、難治症例にも対応可能であり、TKAの代表的なアプローチです。

青い線がmedial parapatellar approachにおける切開線です。

内側の代表的な動脈である、下行膝動脈、内側上膝動脈、内側下膝動脈の3つ全てを損傷するのが分かります(まだ外側からの血流は保たれています)。

膝蓋骨の翻転が困難であったり、膝蓋骨のトラッキングが不良などの理由で、不用意にlateral releaseを追加してしまうと、残された外側からの血流も阻害されてしまい、膝蓋骨への血流が途絶されてしまいます(cold patellarと言います)。

Cold patellarでは術後に膝蓋骨骨折や膝蓋骨骨壊死の発症リスクが高くなるため注意が必要です。

またタニケットを使用しているとあまり意識しないかもしれませんが、黄色い点は代表的な出血ポイントであり止血しておくことが大切です。

膝蓋骨への血行を知っておくと

不必要・不用意な膝蓋骨への血流阻害を予防出来る
術中出血ポイントを予想できる

神経支配

膝前面の皮膚は、近位は大腿皮神経、遠位は伏在神経膝蓋下枝の支配を受けます。

特に伏在神経膝蓋下枝は術中損傷が避けられない事が多く、刺激症状や知覚低下などの臨床的愁訴に繋がるので、必ず術前にICしておく必要があります。

伏在神経膝蓋下枝の障害範囲は前外側皮切で最小になります。

必ず術前に伏在神経膝蓋下枝の症状についてICしておく

関節内進入法

Medial parapatellar approach

膝関節内の展開に優れていて、最も標準的かつ頻用されているアプローチです。

大腿四頭筋腱の内側1/3を縦切し、膝蓋骨内縁から脛骨結節内縁に至ります。

再置換例や拘縮膝、肥満症例など展開困難が予想される場合にも柔軟に対応する事が可能です。

欠点としては、下行膝動脈・内側上膝動脈・内側下膝動脈を損傷してしまうこと、四頭筋の筋力低下、膝蓋骨安定性の低下などが挙げられます。

Subvastus approach

内側広筋の下縁から進入する方法です。

大腿四頭筋や内側広筋などの膝伸展機構に損傷を与えないため、術後の疼痛が少なく、大腿四頭筋筋力低下も少ないと言われており、術後の膝蓋骨安定性にも優れています。

また下行膝動脈関節枝が温存できるので、膝蓋骨への血行の点からも有利です。

しかし術野の展開が限られ、術野の拡大も困難なため、再置換術やHTO後、肥満や可動域制限が強い症例などには避けた方が良いでしょう。

Subvastus approach

伸展機構への侵襲が少なく、術後疼痛や四頭筋筋力の低下が少ない
膝蓋骨の安定性が高く、血行阻害も少ない

しかし展開の柔軟性が少なく、症例を選ぶ必要がある

Midvastus approach

medial parapatellar approachの展開の良さと、subvastus approachの低侵襲性とを両立できるアプローチです。

midvastus approachでは、内側広筋が膝蓋骨上内極で付着する部位で、内側広筋を筋繊維方向にスプリットして展開を行います。

内側広筋の大腿四頭筋腱への付着部はほとんど損傷されないので、膝蓋骨の安定性が高く、大腿四頭筋筋力の早期改善が報告されています。

また膝蓋骨への血行に関しては、内側上膝動脈は内側広筋切開の遠位にあり、下行膝動脈関節枝は内側広筋の筋繊維と平行に走るので、通常どちらの血管も温存することが可能です。

コラム:Trivector approachについて

Trivector approachは、midvastus approachと同様に、medial parapatellar approachの展開の良さとsubvastus approachの低侵襲性を両立できるアプローチです。

Midvastus approachとは異なり、内側広筋を直線的に近位に切り上げて展開を行います。

メリット
・比較的視野が確保しやすい
・四頭筋筋力の回復が早い
・膝蓋骨の安定性に優れている

デメリット
・medial parapatellar approachと同様に膝蓋骨内側の血流を障害する
・筋肉を切開することで、出血量が多くなる
・閉創の際、筋肉同士を縫合するので力学的強度が不足する可能性がある

Lateral parapatellar approach

外側からのアプローチとして、lateral parapatellar approachがあります。

外反膝の対するTKAの際に用いられる事があり、内側の視野は悪くなりますが、展開と同時に拘縮した外側支持機構の剥離が行えるメリットがあります。

詳細は外反膝に対する解説をする際に解説します。

まとめ

今回はTKAの基本手技として、皮切に続いて関節内進入法を取り上げました。

術野を広く展開することにより、手術操作が容易になり、インプラントの適切な設置を行いやすくなりますが、その分侵襲が大きくなります。

一方皮切や関節の展開を小さくすることで、手術侵襲を減らして術後の速やかなリハビリが可能ですが、手術時間の延長や創部トラブル、インプラントの設置不良などの問題点もあります。

内側からのアプローチを簡単に表で表すと上のようになります。

TKAを行う際は症例や術者の技量を勘案して皮切や関節内進入法を適切に選択することが大切です。

特に慣れない間は展開を重視して(medial parapatellar approachを用いて)、経験を積んでから他のアプローチにトライするのが良いでしょう。