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【整形外科専門医が解説】変形性膝関節症の治療⑤ 人工膝関節置換術

変形性膝関節症に対する手術には
 関節鏡視下手術
 膝周囲骨切り術
 人工膝関節置換術
がありますが、今回は人工膝関節置換術について解説します。

膝周囲骨切り術の復習


変形性膝関節症の根治的な手術方法には、前回解説した膝周囲骨切り術と今回のテーマである人工膝関節置換術があります。

膝周囲骨切り術は、O脚やX脚のため、どちらか一方に偏ってしまった荷重軸を、もう一方に移動させることで徐痛を得る手術方法でした。

上のレントゲンは右脚のレントゲンで、高位脛骨骨切り術の術前・術後です。

赤い線が機能軸(体重の通り道)、黄色い点は機能軸が膝関節を通る部分です。

手術前は膝の内側を通っていた機能軸が、手術後は膝の外側を通っているのが分かります。

自分の関節を温存できるので、術後に膝の違和感が比較的少なく、重労働やスポーツも行えるのがメリットです。

しかし高齢や肥満の方では膝周囲骨切り術の適応にならない事もあり、変形が進行した膝に対する骨切り術では、手術後に少し痛みが残存しやすい事も知られています。

人工膝関節置換術とは

人工膝関節置換術は、膝関節のすり減って痛んだ部分をキレイに取り去り、その代わりに人工物を入れ込む手術です。

人工膝関節置換術は日本国内で50年くらい前から行われている手術です。
安定した術後成績が得られ、手術件数は年々増えており、年間10万件以上にも上ります。

人工膝関節に置き換えることにより、痛みは大幅に改善します。
大きな虫歯の治療と似ていますね。

痛みのために諦めていたさまざまな動作や活動が可能になり、発病前の日常生活を取り戻すことができるのは、患者さんにとって大きなメリットです。

また関節軟骨のすり減りによって変形していたO脚やX脚も、人工膝関節によって脚は真っ直ぐになります。

人工膝関節置換術の目的

・ 痛みの改善
   → 日常生活動作が改善

・ 下肢変形の改善
   → O脚やX脚がまっすぐになる

人工膝関節置換術の適応

変形性膝関節症の治療の基本は保存療法(運動療法や薬物療法など)です。

十分な保存療法によっても、痛みがコントロールできなくなり、日常生活が送れなくなった場合は手術を考慮することになります。

例えば、歩行や階段の昇り降りが思うようにできない、外出をためらう、仕事・家事・趣味などの活動が妨げられる、安静時や睡眠時にも痛みがある、などです。

変形性膝関節症の手術には、人工膝関節置換術以外にも関節鏡手術や膝周囲骨切り術などがありますが、患者さんの年齢や変形の程度などから術式を検討することになります。

人工膝関節置換術は、膝周囲骨切り術と違って、一般的に手術の適応に制限はありません。

年齢

人工膝関節置換術を考慮する一つの目安になるのが年齢です。

人工膝関節の耐用年数は、約20〜25年と考えられています。

人工膝関節の摩耗やゆるみが生じた際は再手術(再置換術)が必要になります。

再置換術は初回手術と比べて、手術の難易度や合併症のリスクが高く、可能なら避けたい手術の一つです。

そのため再置換術を避けるために、人工膝関節置換術は60歳以上の患者さんに対して行うのが一般的とされています。

しかし60歳はあくまで目安であり、それ以下の年齢であっても、症状をやわらげる治療法が他にないと判断されれば、人工膝関節置換術を行います。

一般的に人工膝関節置換術は60歳以上に行われることが多い

しかし、60歳以下でも人工膝関節置換術により最大の効果(徐痛)が得られるのであれば適応になる


耐用年数に関して25年以下であると書きましたが、全ての人工関節がその年数でダメになるというわけではありません。

専門の施設では、20年以上機能が維持されている割合が90%を超えると言われています。

人工膝関節は、手術後20年以上長持ちすることが多い



後述しますが、手術手技はもちろん、手術後はなるべく膝に負担をかけないように生活することや、骨粗鬆症治療を行い、少しでも人工関節を長持ちさせる努力も必要になります。

変形の程度

変形性膝関節症は、その進行度を以下のように4段階に分類します。

一般的に人工膝関節置換術は中期〜末期の、変形が進んだ患者さんに対して行う手術です。

変形が強いけれども、年齢が若い方や、重労働やスポーツ希望がある方に対しては、骨切り術との比較検討が必要です。

変形が比較的軽いけれども、高齢の方や、活動性がそこまで高くない方に対しては、人工膝関節置換術を行う事もあります。

手術の術式は、年齢や変形だけで決まるものではありません
担当の先生とよく相談しましょう

人工膝関節の材質

膝関節は、大腿骨・脛骨・膝蓋骨の3つの骨から構成され、それぞれの骨の表面は骨同士が直接ぶつかり合わないようにクッションの役割をする関節軟骨で覆われています。

さらに大腿骨と脛骨の間にある半月板も衝撃吸収の機能を有しています。

人工膝関節置換術では、大腿骨と脛骨の痛んだ部分を取り除き、それぞれの部品(コンポーネントと言います)に置き換えます。

大腿骨と脛骨の間には関節軟骨と半月板のように、クッションの役割をする部品(インサートと言います)を挿入します。

膝蓋骨まで置き換えるかは、国や施設、用いる人工膝関節の種類などで異なります。

次にそれぞれの素材に関して見ていきましょう。

大腿骨・脛骨・膝蓋骨コンポーネントには、チタン合金やコバルトクロム合金といった生体にとって安全性が高い金属が用いられ、最近の人工関節はMRIにも対応しています。

稀に金属アレルギーの患者さんではセラミック素材の人工関節を用いることもあります。

一方インサートはクッションの役割を担うため、すり減りに強い加工を施した医療用のボリエチレンが用いられます。

最近ではポリエチレンに抗酸化作用を持つビタミンEを添加させて、耐摩耗性を高める工夫も行われています。

人工関節は、生体親和性(安全性)が高い
材質も日々進化している

人工膝関節置換術の概要

人工膝関節置換術の内容や手順についての概要を説明します。

手術を希望する場合は、担当医から説明を聞いて、メリット・デメリットを十分に理解した上で検討してください。

麻酔方法

手術は全身麻酔で行われる事が多いですが、脊椎麻酔(下半身麻酔)でも可能です。

手術前の各種検査結果や、患者さんの持病などから、麻酔科の先生が最終判断します。

手術後の痛みを和らげるために、硬膜外麻酔や神経ブロック、点滴からの持続鎮痛薬投与なども併用します。

手術後の痛みを積極的にコントロールすることが、最近の人工膝関節置換術領域のトピックでもあり、各施設で様々な取り組みが行われています。

人工膝関節置換術は全身麻酔で行われる事が多い
手術後の痛みをコントロールする努力が積極的に行われている

手術方法

全ての人工膝関節置換術は、綿密な術前計画に沿って行われます。
そのため手術前には多くのレントゲンを撮影したり、場合によってCTやMRIなどの検査も必要です。

皮膚や筋肉を切開する位置や、手術の手順は、施設や担当医により若干異なりますが、手術の流れをシンプルに書くと下図のようになります。

                             引用:人工関節ドットコムより

傷んだ関節軟骨や変形した骨を切除し、人工関節を設置するわけです。

切除する骨の量を調整することで(実際に切除する厚みは10mm程度です)、脚全体を真っ直ぐにする事が可能です。

人工関節は多くの場合、体内で安全に使用できるセメントで骨に固定します。

人工関節の土台となる骨がしっかりしている場合は、セメントを用いず、人工関節を直接骨に固定する事もあります。

手術に要する時間は2時間前後です(変形の程度などで手術時間は前後します)。

コラム:人工膝関節「単顆」置換術

人工膝関節置換術には、「全置換術」と「単顆置換術」があります。

このページで解説しているのは「全置換術」で、人工膝関節置換術といえば「全置換術」を指すのが一般的です。

膝関節全体を人工関節に置き換える「全置換術」に対し、膝関節の痛んでいる部分だけを人工関節に置き換えるのが「単顆置換術」です。

               引用:人工関節ドットコムより

人工膝関節「単顆」置換術を行うには、下記のような目安があります。

・ 膝の内側もしくは外側だけ(どちらか一方だけ)が痛んでいる
・ 膝の可動域が良い
・ 変形の程度が強くない
・ 膝の靭帯が十分に機能している
・ 関節リウマチではない

「単顆置換術」は通常の人工関節と比べて半分程度の大きさであり、手術侵襲も比較的少なく、リハビリもスムーズに進む事が多く、メリットが多い手術です。

「全置換術」は手術適応に制限はありませんが、「単顆置換術」は上記のような適応の制限があり、患者さんの状態によっては行えないことがありますので、担当医とよく相談してみてください。

手術後のリハビリ

手術後は担当の理学療法士のもと、痛みの範囲内で、早期からリハビリを始めます。

離床を早めることは、機能回復だけでなく、静脈血栓症の予防にも大切です。

具体的には筋力トレーニングや可動域訓練、歩行訓練などを行います。

人工膝関節置換術を受ける患者さんは、手術前は膝の痛みが強く、あまり歩いていないことが多いため、膝周囲の筋力が低下しています。

筋力が低下すると、易疲労感(疲れやすい)、膝崩れ、痛みなどにつながります。

リハビリをスムーズに行うためにも、手術前から積極的に膝周囲(特に太ももの前面にある大腿四頭筋)の筋力トレーニングを行うことを心がけて下さい。

次に可動域訓練ですが、一般的に手術後の可動域は、手術前の可動域に比例します。

つまり手術前によく伸びて曲がる膝は、手術後も良好な可動域が得られる事が多いです。
逆に手術前から動きが悪い膝は、手術後の可動域も悪い事が多いです。

一度固くなってしまった可動域を改善するのはとても大変です。
手術前から積極的に膝を動かしておくことが大切です。

歩行訓練は、平行棒内での歩行や、車輪がついた歩行器を用いる訓練から開始し、杖歩行や階段昇降訓練へと進んでいきます。

大きな手術合併症がなく、杖での歩行が安定すれば退院可能となります。

手術後の主なリハビリは
・筋力トレーニング(特に大腿四頭筋)
・可動域訓練
・歩行訓練

人工膝関節置換術の合併症

手術に伴う主な合併症について、順に解説します。

人工膝関節置換術は確立された手術手技ではありますが、どんな手術も一定の割合でトラブルは生じます。
必ず担当医から十分な説明を受けるようにしてください。

人工膝関節置換術の主な合併症

・感染
・神経損傷
・血管損傷
・深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症
・人工関節のゆるみ など

感染

手術後早期に感染する割合は約1%とされています。

糖尿病や関節リウマチなど易感染性の患者は、感染リスクが高まるので注意が必要です。

また、遅発性感染(手術後数ヶ月〜数年以上経ってからの感染)の可能性もあり、手術後時間が経過しても注意が必要です。

患部の発赤や熱感など感染兆候が見られた場合、早期の受診が必要です。

もしも人工膝関節置換術後に感染が起こってしまった場合には、再手術が必要です。

早期に感染の診断ができた場合は、関節内を洗浄し、人工関節を温存できる事もありますが、診断が遅れた場合や感染が沈静化しない場合には、人工関節の抜去が必要になることもあります。

感染は人工関節置換術で最も注意が必要な合併症

神経損傷

手術中の神経損傷の可能性は0.1〜1%程度と報告されています。

直接的に神経を損傷してしまうリスクは比較的少ないですが、X脚に対する手術や手術後の肢位による腓骨神経麻痺には注意が必要です。

腓骨神経麻痺が生じると
・ 足のしびれ
・ 足首や足の親指が動かしにくい
などの症状が現れます。

特に手術後は麻酔の影響もあり、足が外旋(親指が外を向く)しやすく、腓骨神経が圧迫されやすいので注意して下さい。

また膝前面に皮切を加えるため、伏在神経膝蓋下枝領域のしびれが多く発生します。
そのため、人工膝関節置換術後には跪き(ひざまずき)動作が困難になる事があります

血管損傷

人工膝関節置換術における血管損傷の割合は、0.05%とされており、極めて稀な合併症です。

駆血帯や止血剤の使用により、術中・後の出血はある程度コントロール可能ですが、両膝同時の手術や手術前から貧血が存在する場合には輸血が必要になる可能性もあり注意が必要です。

深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症

エコノミークラス症候群と言い変えれば、聞いた事がある方も多いと思います。

下肢の血流が悪くなると、血管内に血の塊(血栓)で出来てしまいます(深部静脈血栓症)。
出来た血栓が、肺に流れていき詰まってしまうのが肺血栓塞栓症です。

無症候性(症状が出ない)の割合が高いですが、時には致死的な肺塞栓を生じることがあり、頻度は少ないものの生命に関わるため注意が必要です。

人工膝関節置換術は血栓症の高リスク群に分類されており、予防がとても大切です。

深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症の予防

・早期離床
・足首をよく動かす
  → ふくらはぎの筋肉がポンプの働きをして血栓を出来にくくする
・弾性ストッキングの着用
・薬物療法
  → 手術後は短期間、血をサラサラにする薬を使う事が推奨

人工関節のゆるみ

人工関節と骨の接触面が、ゆるんでしまう現象です。

ゆるみで痛みが出てしまった場合は、再置換術が必要になることがあります。

人工関節がゆるんでしまう原因としては、長期使用による経年劣化、膝への過度な負担(体重増加や重労働、激しいスポーツなど)や外傷、感染、骨粗鬆症などが挙げられます。

人工膝関節置換術は比較的年齢が高い患者さんに行う事が多く、大抵の場合、骨粗鬆症を合併しています。

骨に人工関節を固定するので、土台となる骨がしっかりしていないと、人工関節がゆるんでしまうのは、想像しやすいのではないでしょうか。

最近では手術前に骨密度を調べて、手術前から骨粗鬆症も積極的に治療することが、人工関節を長持ちさせる上で大切だと言われています。

人工関節を長持ちさせるため、骨粗鬆症の治療はとても大切

まとめ

変形性膝関節症に対する手術の中で、今回は人工膝関節置換術について解説してきました。

確立された手術で成績も安定していますが、更なる成績向上を目指し日々手術手技や人工関節の開発が進められています。

各種保存療法(投薬やヒアルロン酸注射、リハビリテーションなど)を行なっても、痛みのため日常生活に支障が出てしまう場合は、手術を検討するタイミングです。

変形性膝関節症に対しては、関節鏡手術や膝周囲骨切り術、人工膝関節置換術など複数の術式があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します。

担当医とよく相談し、自分にとって最善の治療を模索して下さい。